食文化と地域/犬肉食と地域について1

中米のコスタリカに留学していた頃、よくお前らアジア人はお犬の肉を食うのかと聞かれ、その度に犬肉食をする人々への少しの嫌悪感と興味が合わさった気持ちを持っていたことを思い出していた。

気になって調べてみると、どうやら犬食は単なる偏見や好奇心で片づけることのできず、食のタブー、アイデンティティ、宗教や信仰など複雑な問題と関係があり、栄養をとるという功利性だけでは割り切れない文化であり、現代の食文化にとって示唆的なものである気がしてきた。
先日、書籍「いかもの喰い-犬・土・人と食の信仰」を購入した。書籍から得た知見と感想を書き留めておきたい。

0.飲食のタブーが持つ意味
1.犬肉食の分布
2.犬肉食を選択する環境的な要因
3.犬をなぜ食べる、食べないのタブーの設定方法から見える両義性

食のタブー全般についてまずは考えてみたい。一般的に飲食のタブーは性別、年齢、社会的階層、民族集団、宗教などの複合的な要因と関わると言われており、犬食はその最右翼の一つである。タブーを設けることは、ただ単に禁止・抑圧するという意味合いを持つだけではなく、”社会的機能”があるという指摘が本書ではされている。

多くのタブーには、共通した社会的機能が存在する。それは、タブーが集団を差別し、タブーを共有する人々の連帯を強化する役割を担っている。つまり、飲食しないものを決めることで、ある社会的なまとまりの結束を強めているということである。最近だと、”動物の肉を食べることはできるがあえてビーガンを選択する人たち”の結束力のようなものがイメージとして近いように思う。

食文化のタブーは、特に”どの動物の肉を食べないか”において顕著に現れる。イスラム教徒が一般的には豚肉を食べないことが、最たる例の一つとして思い出されるが、犬肉においては”食べない”ことが近代社会の前提としてあり、逆説的に犬食を嗜好する人たちにとって、その行為が食べるという生理的行為を超えた自身のアイデンティティーと結びつく行為になっているように思う。選択肢がある中で何を食べるのか/食べないのかの特異と思われる選択をすることは、ビーガンしかりアイデンティティを示すことに繋がっているのは肌感覚で理解できる。

文化的な側面とは対称に、食文化のタブーの功利的な側面について考えてみる。食文化のタブーを設けることは人々が生きながらえるためには自然の流れであったのではないかと考えられる。それは、食文化の根底が「飢餓をいかに回避するか」にあり、人々は

・食べれない物を調理して食べれるように調理すること(不可食分の可食化)
・隣の民族が食べないものを食べること(食事の差別化)

の2つの工夫によって飢餓を回避してきたことからもわかる。タブーを設けることも同様、食事の差別化にも一役買っているようにも思える。食文化の差別化は、隣接する集団; 例えば隣接するアメリカとメキシコの場合、アメリカは小麦を主食の原料/メキシコはトウモロコシを主食の原料とすることで、いずれかの作物が飢餓に陥っても誰かしらは生き延びることができる、という大げさに言えば人類の知恵なのだ。動物肉にタブーを設けることの背景に食事の差別化=飢餓からの回避という側面も少なからずあるように思う。

1.犬肉食の分布

次に、具体的にどの地域で犬肉食が伝搬しているのかを見ていく。旧世界における犬肉食の分布を先駆的に取り組んだ地理学者シムーズンによると、犬肉食は2つの大きな中心地があり、それは

(1)熱帯の西・中央アフリカ
(2)東南・東アジアと太平洋の人々

だったようだ。そして、犬肉を忌むのは放牧民、食べるのは農耕民という傾向性がシムーズンの調査によって明らかにされている。

一方、シムーズンの調査が行われなかった新大陸の一部である中米では、メキシコが犬肉食の中心地と言われていた。多くの犬が供儀用として飼育・去勢され、供儀の役割を終えた後は宴会のご馳走になっており、世界中で最もよく犬肉を食べた人々はコロンブス到来以前の”メキシコ”にいたという説を唱える学者もいるほどらしい。メキシコには旧世界の2つと並ぶ1つのセンターがあったこと、そして犬肉を食事・または儀礼に用いる民族以外から犬肉への嫌悪が常套句のように語られていたことが記録されている。

それらを踏まえると、冒頭の経験の合点が行く。犬食が中米の先住民にとって身近にあったからこそ、嫌悪が伝搬もしくは近代以降居住したヨーロッパ人が嫌悪することによって、食の棲み分けをしている。現在の中米における犬食が、未だにタブーとして語りつがれるのは、人々の根底にある生存戦略(少し大げさだが)があるのだろうか。南米のアルゼンチンに半年いた頃に、”お前は犬を食べるらしいな”と一度も言われたことのないことを思い出した。

関連記事

  1. 南米の焼肉アサド/”アサド”について

  2. 食文化と地域/犬肉食と地域について2

PAGE TOP